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アニメ『弱虫ペダル』からデジタル作画の現在を学ぶ Learning Cutting-Edge Digital Drawing through an Animation Work "Yowamushi-Pedal"

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体と自転車はCG、頭は作画のヒミツ

アニメ『弱虫ペダル』からデジタル作画の現在を学ぶ

アニメーション学科では、「デジタル作画」の手法を学ぶためのカリキュラムを2017年よりスタートしました。アニメーション業界に、デジタル化の波が押し寄せるなか、業界でいち早くデジタル作画を取り入れてきたという老舗アニメーション制作会社の「旭プロダクション」とともに遠隔授業を実施しています。旭プロダクションは、宮城県白石市にデジタル作画スタジオを開設し、都市部から離れた場所でのアニメーション制作の可能性を実証し続けています。今回、この白石スタジオとアニメーション学科の教室を結び、デジタル作画の最前線で何が行われているのか、人気作品『弱虫ペダル』の制作工程を通して学びました。

この記事の内容
  • 「作画」のデジタル化は時代の要求
  • 大切なのは「基礎画力」
  • デジタル作画だからできること
  • 授業を受けた学生の感想
写真左より本学教員の大橋、旭プロダクションの行貞さん、中島さん。

● 話を聞いた企業

旭プロダクション
1973年設立のアニメーション制作会社。『機動戦士ガンダム』シリーズや『進撃の巨人』『終末のイゼッタ』『お前はまだグンマを知らない』といった人気タイトルの撮影や制作などを請け負う。また、企画制作も行っている。制作を専門的に担う職人集団であることから、行貞さんいわく「業務を請け負う部分は、アニメ業界の工務店のような仕事であり、企画制作を行う部分は、主体的な仕事ができる会社」とのこと。

● 担当教員

大橋雅央(アニメーション学科 教員)
アニメーター。2000年よりアニメーターとして東京の作画会社に所属、その後、大学院にてアニメーション産業関連の研究に従事。現在はフリーアニメーターとして主にテレビアニメシリーズなどの作画に関わるかたわら、研究者としても活動している。

「作画」のデジタル化は時代の要求

旭プロダクションさんは業界のなかではいち早く、2011年ごろからデジタル作画に取り組んでこられたそうですが、きっかけやこれまでの経緯をうかがえますか?

中島さん:業界内でアニメーターの数が少なくなった上に、最近のアニメでは描く線の量が増えていることへの対応策の一つとして「デジタル作画」へ取り組みました。

線の量が増えるとはどういうことでしょうか?

中島さん:絵の質です。情報量が増えているんですね。極端に言うと「サザエさん」と「進撃の巨人」の絵の差というとわかりますでしょうか。線の密度が違うのです。昔のアニメに比べて、最近の作品はモーションが複雑になったり、絵の使い回しが減ったりしています。

人が少なくなって、でもやることは増えて……となると、何らか解決する手段が必要になったわけですね。

中島さん:そうなんです。とはいえ、ずっと「作画の工程はデジタルでは味気ない」という意見が強く、作画という分野ではデジタル化が遅れてきました。業界全体で見ると、今でも紙で作業する人のほうが多いですし、ペンタブで絵を描くことに慣れていない人もまだまだ多いです。

デジタルに対応する人と、そうでない人に分かれるわけですね。

中島さん:現在のアニメ制作工程で、まだアナログなのは作画の部分だけです。そのあとの工程は基本的にすべてデジタル化されているんですね。作画工程だけがアナログであるため、それ以降のデジタル工程の利点を活かし切れない場面が出てきているんです。作画をデジタル化すれば、製作量も増えますし、質の管理もできますから。

作画の工程のデジタル化が、製作上の大きなネックになっていると。

大切なのは「基礎画力」

アニメーターを排出する大学の状況はどうでしょうか? デジタルスキルの力量が入試に影響を与えたりしていますか?

大橋:生まれた時から家にパソコンがある環境で育ってきた「デジタルネイティブ」世代というのは、作画に限らず、デジタルに非常に強いです。感覚的に使いこなしてしまいます。デジタルスキルを測る入試はありませんが、この大学に志望してくる理由を聞くと、デジタル作画の環境があるということを知って入ってくる学生が多いです。

旭プロダクションさんには、どの程度のデジタル作画のスキルをもった学生が入社されてくるのでしょうか?

行貞さん:いや、実は入社時のデジタルスキルはあまり重要視していないんです。毎日触りますから、入社後3ヶ月以内に慣れてしまいます。

本日の授業では、実際に制作を担当されている白石スタジオの森さんが「デッサンと観察眼が重要」とおっしゃっていましたね。アナログに求められる基礎的なスキルが、デジタル作画にも役立つのでしょうか。

行貞さん:動画制作では、原画を元にパラパラ漫画のように複数枚のカットを制作し、放送用の作画を清書します。原画制作者だけでなく、作画の工程でもデッサン力が重要になります。線を引くのに迷いがありませんから、作業も早くなるんです。

白石スタジオより、スカイプを通じて、デジタル作画の工程を伝える森さん。
大まかなシーンの展開を記した絵コンテから、担当するカットの割り振りが行われる。今回は、少年が走るシーン。
キャラクターの設定画と原画を確認しつつ、各コマの線画を制作していく。「上手な原画さんの絵をトレースするだけでも画力が上がります」と森さん。
パラパラ漫画のように複数枚でカットを制作する。そのため、原画と原画のあいだをとる「中割り」という作業が必要になる。今回は、緑と紫の線のあいだに、新たに黒い線を描いていく。
さきほど描いた新たな線が、中割りのコマになる。トレース作業に思われがちな動画制作においても、実際は「考えて絵を描くことが求められる」という。
アナログの場合、手書きでの作画後に紙をスキャンする必要があったが、デジタル作画ではその工程を飛ばし、すぐにソフト上で彩色を行うことができる。
別途作画した背景と合わせることで、物語のなかでキャラクターが動き出す。アナログでは複数の工程を分業していたが、デジタル作画では制作フローそのものが変わった。

原画をトレースして一日に何枚もの作画を行うアニメーターにとって、デジタル化は作業の大幅な効率化に繋がりそうですね。

行貞さん:以前は、ミスをしたら消しゴムで修正していたものを、ショートカットキーひとつで直せるわけですから、その恩恵は大きいと思います。労働時間の削減はもちろんですが、紙も不要になるので、紙代やその運送にかかるコストも圧縮できます。

一方で、「中割り」のようなトレース作業ではなく、作品の世界観をつくる「原画さん」や作画監督は、アナログなイメージがあります。

行貞さん:弊社では、デジタル作画を2010年から始めて8年、デジタル出身の「原画さん」や作画監督も生まれています。紙だからうまくなる、デジタルツールだからうまくならないということではないんです。デジタル作画はあくまで「道具」なんです。ペンで描いていることには変わりありませんから、アナログとデジタルともに画力が基本になります。何を見つめるか、何をどう表現するかが重要で、われわれには「道具のひとつ」に過ぎません。

教育の現場から、今のご意見はどう受け止められますか?

大橋:基礎的な画力がしっかりしていれば、どこの業界でも通用すると思います。重要なのは見たものをちゃんと描けるかどうか。アニメーション学科では「基礎画力」に重点を置いて、3年生まではデッサン系の授業も取得できるようにしています。

アニメーション学科では、デジタル作画に関する取り組みをどのように位置付けていますか?

大橋:今後、業界はデジタル作画へと、どんどん置き換わっていくでしょう。デジタル作画が大勢を占めることになれば、紙の人も必然的にそちらへいかないと効率が悪くなってしまいます。なので、作画の分野でキャリアを積む人材は、鉛筆も触りつつ、デジタルとアナログを併用して、将来的な選択肢が増えるようにしたいです。

具体的には、どのような教育を行うのですか?

大橋:基礎画力を伸ばすとともに、デジタルに関する障壁をなくしていくことが大切です。たとえば、作画ツールとして鉛筆だけでなく、液タブ、ペンタブで絵を描いてみる。液タブを見たこともないというのはいわば、鉛筆を知らない学生がアニメーターになることに等しいですから。
アニメーション学科の授業では、セルシスの線画ソフト「STYLOS(スタイロス)」や、ワコムの液晶ペンタブレットを企業から提供を受けています。

デジタル作画だからできること

旭プロダクションさんでは、作画工程のデジタル化を進めることで、どんなメリットがありましたか?

行貞さん:アニメーション業界は、ほぼ東京一極集中です。紙の場合だと、出来上がった作画を物理的に運送するので、交通の利便性からどうしても都市部に縛られてしまいます。しかし、デジタルであればデータでのやり取りが容易になるため、東京から離れた場所でも作業ができるようになりました。2011年の震災のあと、アニメの仕事がやりたくて仕方ないけれども、何らかの事情で地元を離れることができないという人でも、仕事が可能になりましたね。
中島さん:CGサイドから申し上げると、CGと作画とのマッチングにおいて、デジタルの力は圧倒的に大きいです。1ピクセルもずれませんから。アナログだと、出来上がった線画をスキャンする工程でずれていっちゃうんですね。それをCGと合わせるのは相当苦労するところなので、デジタル作画はCGサイドとしては大歓迎なんです。実際に、今日の授業でもご覧いただきましたよね。

授業では、テレビアニメの『弱虫ペダル』のあるシーンを分解し、制作や編集の裏側を見せていただきました。

中島さん:『弱虫ペダル』では、当然のことですが、キャラクターと自転車を一緒に描く必要があります。しかしシーンによっては、作画しているのは頭部のみなんです。体や自転車はCG。つまり、頭部だけのデータ、体と自転車のデータは別に存在し、これを撮影上で組み合わせています。 『弱虫ペダル NEW GENERATION』のオープニングムービー。授業で扱ったのは別のシーンだが、同じく頭部、体、自転車を同時に描く場面でのテクニックを学んだ。

なぜそのような分業を行うのでしょうか?

中島さん:自転車は実物をもとに再現しているため、描くパーツも多岐にわたり、作画するには負担が高いのです。自転車とそれに紐づく胴体部分はCGで作成し、半自動化しています。

作業効率が主な理由なのでしょうか?

中島さん:いえ、それだけではありません。キャラクターの表情を作り込みたいからなんです。この作品においては、表情に魂を込められるかが勝負どころなので、どうしてもCGでは作業工程と期間が相容れず週間ベースには乗らない部分があります。線の強さが画面の強さに繋がるので、表情を強調するシーンは作画で丁寧に描きたかったのです。 

行貞さん:
作画、CG、撮影と、それぞれの良いところやアイデアを出し合いながら一つのカットが仕上がっていくんですね。CGで効率化するところ、作画で感情移入するところを住み分け、さらにCGと作画をうまく繋ぎ合わせる。これこそがデジタル作画を活かしたアニメーションの魅力なのだと思います。

デジタル作画のこれから

旭プロダクションさんでは、今後、デジタル作画に関する方針はありますか?

行貞さん:作画の仕事を増やすのであれば、紙ではなくデジタル、それも地方スタジオのデジタル化という方向に向いています。

さきほど採用時にデジタルスキルは必須ではないとのことでしたが、作画の分野で旭プロダクションさんが求めているのは、どのような人材でしょうか?

行貞さん:精華のアニメーション学科でも、最も重視しているのは「動き」の表現を追求することです。ョン制作会社」なので、止まっている絵だけでなく、絵が動くことに喜びを感じる人ですね。弊社にはCGも撮影もありますから、お互いが協力してリッチな映像をつくる意識がある人……そう、一言でいえば「映像」ですね。「アニメーション映像」を考えられる人にきてもらいたいです。 

大橋:精華のアニメーション学科でも、最も重視しているのは「動き」の表現を追求することです。

「動き」を重視したアニメーションを制作するうえで、どのような考え方やスキルが重要になりますか?

行貞さん:今、アニメ制作の現場では、お互いの仕事を知らずに自分の仕事だけをしている、ということが多いのです。分業制が進み、これまで原画は原画、動画は動画、仕上げは仕上げと分かれていたんですね。それが、デジタルソフトを使うことで、作画担当者が自分で描いた線画に彩色できたりもする。アニメは集団でのものづくりなので、ふたつの技能があるとお互いにバックアップもできます。それぞれが何をやっているかを知ることで、ひとつのカットに対する共犯関係をもっと強めることができると考えています。

デジタル化によって、旭プロダクションさんが求める人材も変わりつつあるのですね。

行貞さん:うちのアニメーターのなかにも、既存の職種を横断してCGに興味があるとか、撮影に興味があるというスタッフが結構います。まだ若いスタジオなので、分野を問わず団結して、「作画だけではできない、撮影だけではできない魅力的な映像をつくりたい」というスタジオになってもらいたい。こういうことを面白がってくれる人を求めています。

最後に、これからアニメ業界を目指す学生さんや高校生に向けてメッセージをお願いします。

行貞さん:以前に比べて景気の良い時代ではありませんから、今、アニメーターの待遇や労働環境は決して恵まれていないかもしれません。ゆえに現状だけで割り切って考えてしまう人が多いように思います。ですが、デジタル作画の導入も含め、僕たちが労働環境のために一所懸命取り組んでいることや、アニメ業界全体がこんなふうに成長していくということも伝えたいのです。本当に夢をもって業界を目指している若い人が、親御さんに対しても「わたしはこれをやりたい!」と言ってほしいですから。親御さんを説得する言葉になってくれればと。

デジタル作画は、白石スタジオのように都市部以外で働く可能性を広げたり、余計なコストの削減や作業効率のアップに繋がる。業界に普及すれば、アニメーターの待遇や労働環境は改善されるかもしれませんね。

行貞さん:実際、白石スタジオと本社の間では、制作物のやりとりはデジタルデータのみです。今日の授業のように、スカイプなどを使って遠隔でコミュニケーションしています。

今回の産学連携の授業は、スカイプを通じて情報の共有を行っておられましたが、まったく違和感なくシームレスに進行が行われたことに感銘を受けました。

大橋:大学としても、第一線で活躍されている旭プロダクションさんとの連携授業を今後もぜひ続けていきたいです。教員レベルでは、発展しているデジタルの最前線を見続けるのは難しいので、業界の生の情報を学生に伝える機会として、定期的に実施したいと思っています。

本日はありがとうございました。

授業を受けた学生の感想

授業終了後、アニメーション学科の学生に感想を聞いてみました。

細井聖太さん(1年生)
旭プロダクションさんのスタジオが宮城にあるということにいちばん驚きました。アニメーションスタジオは首都圏に密集しているというイメージが強かったので、地方である宮城でスタジオを建てているというのが新鮮でしたし、挑戦している会社だなと感じました。
九鬼秀紀さん(3年生)
CGがアニメで使われはじめたころに感じた違和感から、アニメにおける人物表現は、まだ手描きのほうがいいんじゃないかと思っている人が多いと思います。ただ今回、旭プロダクションさんの『弱虫ペダル』の作画で「作画+CG+撮影」の共同作業を見て、その違和感が激減しているのに驚きました。